講演


デザインの質的転換をめざして
―環境形成における基礎デザイン学の役割―

門内輝行(早稲田大学教授)


 現代社会には、私たちの生活世界を脅かす切実な問題が山積している。例えば、デザイナーとユーザーの立場の分離に伴い、大量生産・大量消費の仕組みが一般化し、ユーザーや環境からの「フィードバック」をデザインに反映する回路が失われ、環境破壊、資源・エネルギーの浪費、環境の意味の喪失などの問題が噴出している。それに対して、長い時間をかけて、多くの人々に使用され、環境に適応するように少しずつ「進化」をとげた町家や集落などの人工物は、実に機能的で美しい環境を生み出してきたのであるが、その魅力は、ミクロな要素の物質的な豊かさによるのではなく、様々な要素のアンサンブルからなるマクロな秩序の豊かさによるものである。そこには、人間と環境との間の生き生きとした応答関係をふまえた「人間−環境系のデザイン」が遂行されているのである。
 自然環境、人工物環境、社会−文化環境、情報環境などの多層からなる複雑な環境システムの問題を解決するためには、個別のディシプリンに基づくアプローチの寄せ集めではなく、諸領域を横断する「トランスディシプリナリ」なアプローチが不可欠であり、そのデザインプロセスは本質的に多くの異質な主体の「コラボレーション」によって展開されることになるであろう。そこでは、個々の要素にとどまらず、要素間の関係をデザインし、さらに様々な主体相互の対話を促進することにより、諸要素の集合が創発的な特性を醸し出す魅力的な環境を形成することが課題となる。こうした新しいタイプのデザインプロセスの仕組みや環境形成の原理を解明し、豊かな生命と暮らしを育む環境の進化を誘導して行くところに「基礎デザイン学」の重要な役割があると考える。
 こうしたデザインの質的転換は、実はより大きな文脈における知識生産の様態のドラスティックな変化に対応しているように思われる(M. Gibbons et al., The New Production of Knowledge, 1994)。すなわち、特定のディシプリンに基盤を置く「モード1の知識生産」に対して、アプリケーションのコンテクストの中で問題を設定し、トランスディシプリナリな視点から、社会的に分散した異質な主体が(電子ネットワークや社会的接触等を通じて)協調して問題解決を図る「モード2の知識生産」が注目されているのである。基礎デザイン学会には、現代社会における知の創造をめぐるアクチュアルな運動とも連動しながら、デザインの知を生成していく装置としての役割を期待したい。

(講演のサマリー)